Amazon CEO Jeff Bezos の Washington Post 買収を評価する


今も権勢をふるうリステイング広告は、検索エンジンを持つデジタル媒体(例えばYahooやGoogle)が検索結果に沿って関連広告を表示し、その対象は全世界のあらゆるWeb Siteになるため、Web新聞媒体にとって、他人の広告が掲載されるため必ずしも新聞社の広告売上に貢献するものにはならない。このため、収益に貢献するリステイング広告をしようと思えば、自社そのものが検索エンジンになりリステイング広告を出稿する必要がある。

しかし、検索媒体になっても今あるデジタル広告の低収益構造の中に入って行くだけなので高収益を生む広告媒体を提供できるとは限らない。

ワシントンポストの急成長

Amazon.com 創業者でCEOの Jeff Bezos (ジェフ・ベゾス)氏は2013年7月にWashington Post 紙を2億5千万ドルで個人的に買収した。その狙いは何だろうか?

Amazon通販と新聞メディアを連携させることは容易に想像できたが、現在のところワシントンポスト上にその痕跡は見られない。

それどころか、ワシントンポストのWeb新聞紙上には、他社が配信しているであろうリステイング広告が掲載されている。

これでは、アメリカの新聞業界が陥っているビジネスモデルの変革が収益を改善しないというジレンマ*にワシントンポストも陥っているはずだと外目には見える。

(*紙媒体の衰退からデジタル媒体に進出をしたのに、デジタル広告の客単価が低く落ちた収益を補完できないというジレンマ)

しかし、実際には2016年度のワシントンポストはデジタル部門の収益が改善されているだけではなく売上全体も改善されている。

その内容は非公開企業のためわからないが、Jeff Bezos氏の社内文書が流出したため、その成長度合いが判明した。(ただし、金額は不明)内容は以下の通り。

2015年度は、全体の広告予算が3.5%上回り、特にデジタル部門は17.4%増加した。2016年は7月にはトラフィックが8200万人を超え、記録的になった。8月には広告予算を6.3%上回り、全体の広告売上は前年に比べ増加している。ビジネスは成長している。印刷版は堅調、イベント部門は倍増、最も大きく成長したのがデジタル部門で前年比48%の成長だ。内訳は、Programmatic +92%、Movie +82%、Brand Studio +275%の増加になっている。注目すべきは競合他社の多くは今年になってデジタル広告売上を落としている。その中でワシントンポストだけはデジタル広告の売上が9桁の数字で堅調に推移している(億ドル)と同時に印刷版の結果も予想を上回っている。


急成長の理由を分析

新機能の装填

ワシントンポストにはBrand Studio という新概念がある。そこでは、記事と広告を組み合わせ、読者が読んだ記事からその傾向を分析して、Recommended Article(推奨記事)を提供するとともに、提供クライアントの広告をネイテイブアド方式(リステイング方式ではなく独自の広告方式) で提供する方法を推進している。

この方式はBrand Connect Intelligenceと呼ばれている。これは読者がサイトの記事のどこを読んでいても読者の興味、関心にマッチした広告を届けられるものである。この方法はJeffがAmazonで最初に採用した方式を応用している。

Amazonの通販はRecommendation (推奨)機能を備えている。これをワシントンポストは応用した。具体的にはClavis (クラビス:ラテン語で鍵の意味)と呼ぶツールを内蔵している。読者が読む記事の下にRecommended Article (推奨記事)が表示される。これをクリックすると推奨記事とともにネイテイブアドが表示される。これにより高いターゲティング広告が可能になり、IBM、Goldman Sachs、Audi など(2015年4月現在)多くの大企業がクライアントになった。

2016年5月にはBrand Studioは、Dell、GE、JP Morgan Chase、Siemens、UPS、Lockheed Martin、Audi、ケーブルテレビFXのドラマ「The American」など全国的なクライアントが増えている。

新フォーマットPost Cards の開発

ワシントンポストは編集部門Brand Studio が同じツールを使用している。これにより、記事のデザインが容易になっただけでなく、共通のターゲティング技術を利用して効率の良い記事と広告が作成している。新フォーマットはPost Cards という。

Post Cards ではBranded Contents をスライドショウ、ギャラリー、テキスト、動画といった部品に一旦分割し、それを読者の消費行動に合わせて組み立て直して読者別のコンテンツに仕立てる。動画が好きな読者には動画で始まるコンテンツに仕立てる、などして広告反応度を上げている。

AR

作品例としてアメリカのケーブル局SYFYの広告「Hunters」 が有名である。2016年4月から30人月かけて作成された。

AR

Brand Studioによって、2015年から2016年の1年間でワシントンポストのWebサイトへの訪問者数は5200万人から7300万人になった。なお2015年10月にはthe New York Timesの訪問者数を抜いている。

U.S. Multi online platform traffic: Washington Post vs the New York Times


統合開発プラットフォーム

Arc Publishing 

ワシントンポストにはArc Publishingと呼ぶ開発プラットフォームがある。Post Cardsは今後含まれる予定。

AR

開発ツール(PageBuilder)

Arc Publishing は多くの機能を開発のために統合したものだ。その中の一つにPage Builderがある。このツールは、開発者やデザイナー、そしてホームページの*WYSIWYG編集者にとってすべての機能が同じツールの上にあるので完璧な柔軟性がある。

*ディスプレイに現れるものと処理内容(特に印刷結果)が一致するように表現する技術。What You See Is What You Get.の略

PageBuilder(ページ作成機能)は連続開発をしながらも、多数のユーザーがあり容易なページ作成機能が必要なこととを両立させています。そのため、大ニュースが起こっても速やかにWeb Siteを変更することができる。


SNS読者の吸い上げ

Jeffがワシントンポストに持ちこんだAmazon方式がもう一つある。Rainbowだ。

これはAmazonのKindle用アプリだ。これをAppleディバイスで使用可能にし、他のプラットフォームでの活用も図っている。ワシントンポストは2015年9月にFacebookやTwitterなどのSNSから、5910万人の来訪者(ユニークビジター)を獲得した。(調査会社comScore)そしてこの数は毎年40%の伸びを示している。(ちなみにthe New York Timesは6670万人、Fox News Digitalは6140万人)この読者は広告を見てもらえる潜在的な読者と捉えられる。このため、Rainbowで大胆な改革を試みた。雑誌のような光沢感のある表示に切り変えたのだ。

その後、ワシントンポストの70%の読者がSNSから新聞Web Siteに入ってきている。2015年6月にはFacebookでエンゲージメント率上位20位に入った。

(上位3位は、Huffington Post、Buzz Feed、Fox News.)


分散型対応新メディア The Lily

ワシントンポストは2017年6月12日にミレニアム世代の女性向けに分散型の新メディア対応の媒体「The Lily」を立ち上げた。The Lilyはワシントンポストの記事を再編成したコンテンツをMedium、Facebook、Instagram、Twitter経由とニュースレター Lily Lines (週2回のe-mail) で配信している。

AR

飽和状態のSNSの世界で人目を引くためにデザインを重視している。JP Morgan Chaseが2017年一杯独占スポンサーとなる。

Brand Studioが各チャネル別にカスタマイズする。広告は全て各プラットフォームのThe Lily 内でのネイティブ方式に限られている。

画像のすぐ下はディスカッションやディベートのスペースになっている。The Lily はテーマが社会的な内容だけで報道ではないのでコンテンツや記事は広告と同じソーシャルアカウントで配信される。広告はPaid content from our advertising partnersと書かれている。


AR(Augmented Reality:拡張現実)の採用

2017年5月15日、ワシントンポストは2番目のAR作品として「神聖な歴史的建造物」シリーズの第一作を実装して見せた。スマートホンを天井に向けるとエルベフィハーモニーホール(the Elbphilharmonie concert hall in Hamburg, Germany)の天井が現れる。実は最初にARを使ったのは2016年Freddie Grayという人物が逮捕直後死亡した事件を扱ったのだが、このころはアプリをダウンロードする必要があった。この煩雑さを避けるためARフレームワークを自社「Rainbow」(雑誌アプリ制作ツール)と「Post Card」(新聞アプリ制作ツール)に拡大した。

2番目の「神聖な歴史的建造物」のケースでもっと単純化が必要だと理解したワシントンポストは、2017年9月22日、3番目のARとして、3Dと音声を内蔵した初めての埋込型ARを実装した。このARはワシントンD.C.に1年前に開所したアフリカ系アメリカ人の歴史と文化博物館の建設の過程、課題、解決策を見る展開になっている。

ただ、新しいARはまだ試行中で、AR画面がフレームから出てくるのはぽけもんGOのやり方(Out Bound)であり、写真、看板などのアナログ媒体をスキャンして、URL,画像、動画、3D、音声、などを出す方式(In Bound)とは一線を画している。


成長の秘密のまとめ

ワシントンポストは Brand Studioでという概念と組織を編成して、デジタル媒体を魅力的に改造し、Amazonで培ったノウハウ、Recommend Article方式で読者を興味ある記事と広告に誘導し、一方でSNSをWeb新聞の入口とするためKindleで用いたRainbow方式を持ちこんだ。また、開発を容易にする統合プラットフォーム Arc Publishing を作成した。さらに Post Cards と名付けたツールを開発し、記事、写真、動画によるコンテンツを読者の趣向に合わせたプレゼンテーションの順番で可能にした。そして広告はネイティブ方式で提供することに徹して収益を上げている。これがワシントンポストの収益改善モデルである。

すべてJeff Bezos のAmazonから持ち込んだITのノウハウとリーダーシップで牽引されている。

さらに、新しくThe LilyというSNSの世界で女性向けのまじめな新媒体を作った。デジタル技術を最大限に利用し、魅力的なコンテンツ配信をすることに努めている。

 

 

翻訳、編成:Watson Courtier Yokohama Japan.

Oct. 18 2017.